南日本新聞の切り抜き
戸井十月氏(といじゅうがつ){5大陸中4大陸をバイクで走破。作家}58歳
随想 --ー 問題は「どこに向かうか」ーーー
本田宗一郎の人生は挑戦の八十四年だった。
もちろん結果も伝説も残した巨人だが、
彼自身の夢や理想はもっと彼方(かなた)にあったのではないか。
本田宗一郎をもってしても、描いた夢をすべて形にし、
追い求めた理想を手にできたわけではないだろう。
彼だって、やり残したことは山ほどあったに違いない。
そんな本田宗一郎が、死の前にこう言ったという。
「楽しませてくれてありがとう」
いい言葉だ。できれば、私もそんな人生を歩みたい。
いつから、結果ばかりを人は追い求めるようになったのだろう。
いつから「勝ち組」「負け組み」とかいう下品な価値基準に
人は縛られるようになったのだろう。
いつから、夢や理想に向かおうとする、もしかしたら徒労に終わるかもしれない人生を
人は笑うようになったのだろう。
巨額の金を動かし、流通界の首領(ドン)と呼ばれた人が死の床でつぶやいたのは
「空(むな)しい」の一言だったと聞いた。
本田宗一郎の言葉との、この落差はどうだろう。
人は誰も、生から死へ至る途上を生きている。
人生は過程(プロセス)。
問題は、どこに向かおうとするかである。
自分も「いい人生だった。ありがとう」といえるような歩みをしたい!